*第八話 終わりの始まり*




「初めは街の皆と変わらず暮らしていた。仲間だと受け入れてくれた。
だけど、月日が経つにつれ、僕達は異形の者とみなされ、格子の中に閉じ込められた。丁度ここのように」


「…リアマの待遇はあの一件を上塗りする為、過去に例を見ない最高の待遇を用意したと聞く」


「そうですね。あれがなければ、無関係のリアマがソンツに目をつけられることもなかったのかもしれません。
僕達は助成金も無く、隔離され、山や川で取れる食物、
それと時々無記名で入り口に届けられる優しい誰かの物資で一日一日を生き抜いていました。
そして22の時、僕は一人であの地を去りました」


「あれは確か三十五年程前…そうか、その外見では、そうだな…話には聞いていたが、実際目にしても信じられん」


長はハル君をまじまじとみて何度も感嘆を漏らしていた。


「リアマが定住を義務付けられたのは丁度二十年前。シャハルの王が死に、ソンツの女王が第一子を産んだ。
その記念に、ソンツは一つ見栄えの良いことをしようとした。それが民族浄化をしようとしていたリアマの好待遇での保護だった」


「そうだ。その通りだ。…しかし何故今になって表に出て来た」


長の言葉にハル君は少し黙った。
多分、話そうかどうか、迷ったんだと思う。
少し経つとハル君は長をまっすぐ見据えてこう話始めた。


「山の奥深く、僕を受け入れてくれる場所を見つけました。正直僕は、あそこで一生を終えるつもりでした。
けれど、エルが降りてきた」


それは私のこと、あの日のことだった。


「僕は反対したけれど、連れが言ったんです。可哀想だって。
閉じ込められて一人でいるのはとても寂しいことだって。
僕が臆病になる度、連れが言うんです。
本当にそれでいいのかって。

僕は今でも臆病です。出来ることなら誰にも知られない場所で静かに暮らしたい。
でも駄目なんです。一度見てしまうと、あんな思い、誰一人して欲しくないんです」


そこまで聞くと、長は立ち上がってハル君の細い肩を優しく叩いた。


「ありがとう。綺麗に並べた建前よりずっと届いた」


長は、私達を家まで案内し、古びたインクと羊皮紙を使い、残り七カ国のリアマへの推薦状を一枚一枚その場で丁寧に書いてくれた。
17時の鐘がなる頃、私達は急いで入り口へと向かった。
長は最後まで見送りにきてくれた。


「本当にありがとうございました」


鉄格子が閉まる音に負けないよう大きな声で言う。
長は格子が閉まる直前、小さな声で「リーリエの進む道に幸あらんことを」と厳粛に呟いた。




 その後は拍子抜けするほどあっさりと事が運んだ。
その地へ赴き、長の推薦状を出すだけで反対する者は誰もいなかった。
あとは国の許可が下りるのを待つだけ、つまりシスイさんとユズリハを待つばかりだった。
予定よりかなり早く済んでしまったことに私達は顔を見合わせ肩の力を抜いたけれど、
これはハル君の存在が民族の心を強く引き寄せたんだと思った。
いつしかキリン君がハル君に髪留めを渡し、君の存在はリーリエの役に立つと言っていたけれど、
このことを見越していたのかと思うと、驚きを隠せない。
そしてもっと驚きを隠せない事実が私の頭をよぎった。


「ハル君って、私よりずっと年上だったのね」


そう、今まで聞ける雰囲気じゃなかったから胸の内に秘めていたけれど、一息ついた今、もういいだろう。
そう思って口を開くと、ハル君が困ったように笑った。


「僕達は4年に一度年を取ると言われています。確かなことは分かりませんが、外見年齢と照らし合わせるとだいたいその位なんだそうです。
驚きました、よね」


「驚くには驚いたけど…でもこれで納得することも増えたわ」


主にユズリハとの関係。
同じ年に見えるユズリハが度々生まれた頃から一緒、その前のことはよくわからないと口にしていたけれど、
ハル君にとって14年は3.5年。そんなに長いことじゃない。
ユズリハと同じ環境で生活していたにも関わらず地理や歴史、その他に詳しいのは
ユズリハが生まれる前に色々人生経験を積んでいるからなのだと結論付けた。
ユズリハとハル君に親がいないのも、ユズリハを育てたのがハル君ということで説明がつく。


「今からでも敬語に直すべき、ですか?」


私が冗談半分で言うと、ハル君は「やめてください」と笑いながら言った。


「あー!もう!疲れたー!」


そう言ってサンファンの仮巣のドアを勢い良く開け放ったのはキリン君だった。


「よくこの場所にいること分かったね」


ハル君がそう言うと、キリン君は投げやりに「仲間から聞いた」と言って倒れこんできた。
私達が現状を伝えると、キリン君はうつぶせになり、「ハルがやれる子だって僕分かってた」と当たり前のように言った。
それが私達にはなんだか可笑しかった。


「キリンは?」


ハル君がそう聞くとキリン君は頭を上げて報告を始めた。


「十カ国。飛び回って往復してひたっすら話合ってきた。結果待ち。
多分皆大丈夫そうだから二日後契約書と印を持ってまたまわるつもり」


私達は顔を合わせて驚いた。
キリン君はこの短期間で十カ国落とせると確信して死ぬ気で動いていたのだ。


「私達手があいてるから二日後は分担出来ないかな」


私がそう提案するとキリン君は使い過ぎた脳をもう一度動かそうと頭に手を当ててうなった。


「ねえちゃんが国に行くのはなー…かといってハルに頼んだらねえちゃん一人になっちゃうし…
そうだ、それよりもリアマの人達を運ぶ馬車、今から手配して欲しい。
許可が下りたらその日に国を出られるよう」


「でもまだあそこ人が住めるようなところじゃ」


キリン君は、手を伸ばしてハル君の言葉を遮った。


「仲間に頼んで開拓してはある。元々人が住んでた場所だしね。
もっと街らしくするには時間がかかるけど、遊牧民なら、多少の不自由、苦じゃないでしょ?」


その言葉を聞いてハル君はうなりながら考えをめぐらせ始めた。
ハル君としては、今より好待遇で迎えてあげたい気持ちが強いのだろう。


「あれ?ミサキさんにキリン君までどうしてここに」


そう言ってかけよってきたのはユズリハだった。
シスイさんはユズリハを見守るように後からこの場へ入ってくる。
私達はユズリハ達が立ち寄るであろう仮巣を選んで休んでいたから当たり前と言えば当たり前だった。
小さなテーブルに椅子を持ち寄って五人で囲む。
当たり前に集まる皆が、仲間なんだなあと思ってなんだか嬉しくなった。
小さなテーブルを囲った五人。これがリーリエなんだ。
そしてこれからリアマの人達が混ざり、赤ん坊のエルが混ざる。
きっと大変なことだろうけど、進むことは嬉しかった。


「にいちゃんどうだった?」


キリン君がシスイさんに聞くとシスイさんは口元の布を取った。


「リアマを移住させることに不満を持つ国は無かった。同盟は、明日三カ国と結ぶ。
残り五カ国は他国の様子を見て判断するそうだ。うまくいって、二カ国だろう」


「十分」


キリン君の言葉に私達は顔を明るくする。予定よりずっと早くノルマを達成出来そうだ。
最初は十カ国と同盟なんて途方も無いことだと思っていたけれど、これも皆の力ということなのだろう。
私はただただ湧き上がる興奮を抑えていた。


「でも浮かれてはいられない。昨日ユキホがサムトの王に謁見したみたいだから、答えを出来るだけ早く提示しなきゃ手遅れになる。
同盟を掻き集めて明後日の夜に駄目もとで訪問しよう」


それを聞き終わるや否や、ユズリハが何故か嬉しそうに笑った。


「私、はやくエルのあかちゃんを抱いてみたい。
エルのあかちゃんをリーリエで引き取れば一段落。また皆で旅が出来るんだよね」


「いや、赤ん坊連れの旅ってどうだろう…赤ん坊はひとまず移住したリアマに任せて、僕達は次の国民を探さなきゃいけない。
でも頑張って、また一段落ついたらリーリエに戻ればいい。
リーリエは、君達の住んでいた村みたいにしたいんだ」


その言葉にハル君とユズリハは互いに顔を見合わせた。
全てを受け入れる故郷、聖地、暖かい場所。
それを思い浮かべる度、リーリエに期待を寄せてしまう。


「キリン」


ハル君が凛とした声で呼んだ。とび色の曇りない目でまっすぐとキリン君を見つめる。
キリン君の透き通った赤茶色の目が瞬きをするように一瞬揺らいだ。



「リーリエは、実現すると思う?」



それはハル君が抱いていた純粋な疑問。
キリン君の現実的な考えを、確認したかったのだと思う。
キリン君は大きな瞳を一度伏せてからすぐにハル君を見据えた。


「するよ。君達が、僕達が柱になれば」


「…そっか」


ハル君は答えを聞いてまた困ったように笑った。
私はそのハル君の様子が少しだけ気になって声をかけようとした。



その時だった。




突然大量の涙と吐き気が同時にこみ上げ、
私は両手で口を硬く押さえながら椅子から崩れ落ち、地面にうずくまった。
何が起きたか考えようとするも頭の端から端まで一列ずつ脳細胞が潰されるようで目を大きく見開くしかなかった。


「ミサキさん!?」


驚いたユズリハとハル君が両端に駆けつけ私の様子を伺う。
シスイさんは私のおでこや首筋をに手をあてて異常を捜してくれているようだった。


「ねえちゃん、これ!」


キリン君はコートを私に被せ水で冷やした布を喉と目元にあてがい、
私の頭と地面との隙間に膝を挟んで、私の肩を少しだけ引いた。


「辛いかもしれないけど横向きにねっころがれる?吐けそうなら吐いちゃって構わないから」


私は言われるがまま力を借りて横向きになった。
シスイさんが私の体を少しだけ持ち上げて下に布をひく。
異変に気がついたサンファン達が声をかける度にキリン君が笑いながら「水が合わなかったみたい」と言って皆を安心させようとしていた。
けれど焦っていることは意識が朦朧としている私にさえ感じ取れた。


少し落ち着いたかと思うとまた波がきた。

耐え切れず、短い悲鳴が喉の奥から意識を通さず漏れる。
それと同時に、一瞬、全てが消えるほどの激しい光が仮巣の中を支配した。







視界に色が戻るとあたりは静まり返っていた。


あの光は私だけではなくこの場にいる全ての人に見えたらしい。



私は、全てが嘘のようにおさまったけれど、涙だけはぼろぼろと際限なく目から零れ落ちていった。








 それから私はシスイさんに支えられながら座って落ち着くことに専念した。


キリン君は、青ざめた表情で国境まで飛んでいった。
サンファンは、何かあった時に情報が早く行き渡るよう伝令役がいるそうだ。



私の涙が枯れ果てた頃、キリン君は信じられない事実を持ち帰ってきた。









「赤ん坊のエルが死んで、サムトが無くなった」









それは私達にとって理解し難いことだった。