第二話 兵器






聞くと、ホクラの首長は代々老人の言葉に重きを置いていたらしい。
黎明も例外ではなく、首長に全てを話すということは、老人に全てを話すことと同意だった。
黎明は私を少しの間匿うことを約束する代わりに、シスイさんとは別行動を取ることになると静かに言った。
私はとても心細かったけれど、ホクラの心臓で匿うと黎明が言うと、シスイさんは無言で頷いた。


老人の家を出て、大小様々な工房を再び抜ける。
すると、ホクラに入るまでのあの長い林と同種の針葉樹林が目の前に広がった。
私は黎明に案内されるまま中へ入っていった。

黎明がランタンをかざすも霧はどんどん深まりやがて足元も見え辛くなった。
黎明は体内に羅針盤があると思わせるほど方向感覚に優れていた。
ランタンの光が霧に乱反射し、黎明の存在がぼんやりとしか感じられない。
私はこの深い樹海の中で取り残されることを恐れ、必死に手を伸ばして黎明の服を掴んだ。
黎明は一度動きを止め、振り返ったように思えたけれど、再び早足で歩き出した。私の手は振り払わなかった。
三十分ほど歩くと霧が徐々に薄まりだんだんと景色が現れた。
霧に覆われた細い鉄塔。
私達の目的地は人が住むには無骨すぎるこの鉄塔だった。


「ホクラを繁栄させ死へ導いた遺産だ」


黎明は鍵を鉄の扉に刺し、鍵穴を囲むいくつもの円盤を器用に指でまわした。
両手で別々の円を手際よくまわしていくその様は職人の演舞そのものだった。
三分もたたないうちに扉からガタンと重い音が聞こえ、黎明が強く扉を押した。
その体制のまま私を肩越しに見る。入れ…ということなのだろうか。


私は恐る恐る塔の中を覗いた。
高い位置にある小さな鉄格子付の窓からもれる光が様々な物にあたり屈折していた。
背の高い鉄のコンテナが規則正しく並ぶ。
私達は微かな光を頼りに靴の音を響かせながら奥へと進んだ。

黎明は光が交差する一つ手前のコンテナを解錠すると私にランタンを持つよう促した。
いくつもの箱に囲まれながら、黎明は床をなぞり、隠し扉も解錠した。


「階段…?」


それは上ではなく下に伸びていた。黎明はランタンを私の手から取り、地下に続く階段を先に降りた。
私は黙ってあとを追った。


「本当に隠したい物があるなら上ではなく下に隠す。埋めてしまえば誰の手にも渡らないからな」


その言葉の通り、階段は細く、長く、いつまでも続いていた。
振り返っても入口が見えず、恐怖はどんどん増した。


「この階段は385段ある。今は丁度250段目だ」


私の恐怖を察したのか黎明が突然そんな話をし始めた。


「得体の知れぬ物に人は恐怖する。俺も小さい頃はこの闇によくのまれていた」


ランタンの炎が揺れて暖かい音を出す。私は黎明の優しい背中を黙って見ていた。
階段を降り切ると、明るい部屋に辿りついた。
その明るさはホクラにきて初めて体験するもので、暗闇を歩いてきた私にはまぶしくて思わず目を覆った。
この安定した光は、間違いなく電気だった。ようやくまぶた越しに光に慣れ、目をおそるおそる開ける。
するとそこには色々な種類の爆弾や銃が種類ごとにガラスケースに入れられていた。


「これは…」


「ホクラが神の庫と呼ばれる所以。先人の遺物だ」


ガラスケースには綺麗な物だけでなく、ぼろぼろに壊れたもの、解体された物、
ありとあらゆる状態の武器が保管されていた。
銃が最高の文明だと皇太后は言っていたけれど、素人目から見てもそれ以上の物が溢れ返っているようだった。


「元々ホクラは手先が器用で探究心の強い職人気質の民が揃っていた。
ホクラの工芸品はその精密さで他国を度々驚かせた。
今更信じられないだろうが、ホクラの先祖は機械も何も知らない狩猟民族だったんだ」


黎明は目を伏せてガラスケースに手を寄せた。


「当時、開拓に熱を入れていたソンツは石一本で見事な装飾を施すホクラに目をつけ、金銀木材あらゆるものに細工をするよう依頼した。
その技を間近で見た当時の王は、ホクラを藝術国とする為にあらゆる材料を提供し、あらゆる技術を教えた。
真面目なホクラの民は全て飲み込み、なお研究をおこたらなかった。それが災いした」


そう言うと黎明は無数のガラスケースの中から目的の物を苦もなく探し当て、両手で持った。
それは木で出来たボウガンだった。


「鉄や銅を目にすると、ホクラの民は驚いた。街の外れにある謎の鉄塔。
その中にあった用途不明の遺物と同じ材質ではないか。
鉄や銅の加工を覚えると、探究心の強い民達は、その遺物と同じ物を作ろうと考えた。
しかしまだ覚えたてで細かい溶接は出来ない。そこで、唯一用途がはっきりし、鉄の力をそこまで借りずに出来るボウガンを作った。
その利便性に誰もが驚き、誰もが喜んだ。ボウガンはたちまち民の間で広まった。
もちろん、ソンツも穏やかな物腰でそれを依頼した」


わずかな動きで獲物をしとめられるそれは、ホクラの狩猟の幅をたいそう広めたことだろう。
そして文明人はその幅をありえないところまで伸ばしたに違いない。
黎明はボウガンの鉄の部分に手を添え、こう続けた。


「そんな時、間の悪い国がとある遺物をソンツに献上した。それは精巧な作りの鉄製のボウガンだった。
ソンツはホクラに同じ物を作るよう依頼した。しかし、その頃にはソンツの悪名も高くなっており、ホクラは丁重に断った。
するとソンツはホクラのボウガンを民に向け、再度丁寧に依頼した。
こうして狩猟具は兵器となりホクラは兵器開発国となった」


「遺物の中からソンツに抵抗出来る兵器を作ろうとは思わなかったの?」


私が聞くと、黎明は首を横に振った。


「小国が大国に抵抗出来る兵器は確かにある。
しかし広範囲無差別に命を奪うそれを見て、ホクラの民は自らが犯した事の重大さを思い知り絶望した。
人道的な狩猟具では数に勝てない。ホクラには材料も無く、武器を十分に扱える者もいなかった。
ソンツには兵も材料もあった」


黎明はそう言うと静かにボウガンを戻し、ガラスケースに手を添えながらまた歩き出した。
私も跡を追った。


「ホクラは限られた条件の中で最善の道を模索した。
ソンツの依頼を受け、ホクラ以外の人間が作れないよう、構造を複雑化し、
代わりに過剰な装飾を施しブランドとして売った。
しかしホクラの武器が他国に広まると、それを簡略化し生産しようと研究する者が出て来た。
結果、争いは目に見えて激化し、命は研究に消費されていった」


黎明は足を止め、ため息をついた。


「ホクラの過失は二つあった。ソンツがシャハルへ抱く絶対の敵意。
そしてホクラ自身の価値を軽く見過ぎていた。ソンツはリコルドに武器が出回っても紛い物として相手にしなかった。
仕掛けの機能美、外殻の装飾美……ホクラの武器に勝る物は無く、それを独占している優越により武器開発は事実上抑止されていた。
しかし、ソンツの目に余るパフォーマンスに今まで黙していたシャハルが動いた」


リコルドに来てから今まで、ソンツの話は飽きるほど聞いたけれど、シャハルの話はほとんど耳にしなかった。
シャハルの名前が出る時は、決まってソンツと比較をする時だ。
リコルドを象徴する二大強国だというのに、あまり印象がない。
そのシャハルが動いたということは、余程世界が揺れたのだろう。


「シャハルはホクラに武器の製造を依頼した。それも、ソンツの持つ武器より一段階下の物で良いという条件だった」


「一段階、下?」


私が眉をひそめると黎明は私の目を見てうなずいた。


「本来シャハルは人の枠を超えた身体能力を武器にソンツをいさめてきた。
逆に言えば、それに嫉妬し、対等、それ以上になる為にソンツは兵器開発に力を注いだ。
そのことに気付かず、ホクラはシャハルの依頼を受けた。
シャハルがソンツをいさめてくれたら兵器の開発も終わる。そんな浅はかで儚い願いがあったからだ。
結果、ソンツは怒り、リコルド中の遺物に金をつけ回収し、兵器開発は加速した」


最近開発された武器。それは私がユズリハの村で見た銃だ。
銃の開発が進めばリコルドは死体の山となるだろう。

黎明はまた前を向いて歩き出した。


「ホクラの民はソンツに武器をむけられた時に滅ぶべきだった。今もそうだ。
この中の遺物を再現出来る民族はホクラの他にはいない。
しかし、駄目なんだ。命を天秤にかけ、民を犠牲にするなんて、俺には出来ない。
結果、こうして世界の悲鳴に耳を塞ぎ、他を犠牲にしている」


黎明は足を止め、目の前の扉に手を添えた。高く狭い、鉄製の扉が静かに私達を見下ろした。
私達が目指していたのはこの先なのだと思った。


「エルがリコルドの地に降りた時、ホクラは救われたのだと思った」


黎明が静かな声で呟いた。私は黙って続きを待った。


「神の火の前ではホクラの兵器等鉄屑も同然。
エルが引き起こす殺戮にホクラの罪は薄まり、被害者として世界に許される。そう思ってしまった」


言い終わらないうちに黎明は目の前の扉の鍵を開け、片手で押した。
扉の先には黒い鉄格子が均一に並んでいた。
それが牢獄だと理解したのは鉄格子のむこうに倒れた人影を見つけたからだった。


私は人影に駆け寄った。


黎明が明かりを灯すと、それは私と同じ、制服を身にまとった男の人だと分かった。


「紹介しよう。ホクラのエルだ」


私は驚いて黎明を見上げた。黎明の表情は逆光でよく見えなかった。


鉄格子の隙間から手を入れて衰弱している男の人の体を揺すった。
制服越しにもやせ細っていると分かった。


「安心しろ。お前を幽閉するつもりは無い」


そう言ってゆったりとした袖をまくって見せた。
肩から二の腕にかけて、頭と同じ包帯を巻いていた。


「この体格の男に毎度抵抗されては困るからな。その上このエルは全ての遺物の使用方法を知っている。
この中を歩かせる訳にはいかない」


よく見ると男の人の頭にも包帯が巻いてあった。
気絶した後に手当てをしたのだろうか。


私は再度体を揺すり、意識を確認した。
男の人はやっと体を動かし、目を薄く開けてこちら側を確認すると、眉をひそめて、焦点を合わせるように目を細めた。
そして弱弱しく口を開き、私に向けて声を発した。


「お前……真子か……?」  


私は目を見開いて男の人を見た。